ごあいさつ

ごあいさつ 上田努(うえだつとむ)牧師

関西生まれの神戸育ち、生粋の関西人で、熊本弁が飛び交う中、ただ一人関西弁を話す異色の存在。

両親がクリスチャンであり、幼い頃から教会に通うも、途中で教会を離れる。1995年の阪神・淡路大震災で被災した中、不思議なようにイエス・キリストを信じるように導かれる。社会人経験をしながら夜間の神学校で学び、2年間、関西の教会で伝道師として働き、2012年3月に八代のシャロンキリスト教会に赴任する。2012年5月に妻、恵美子と結婚。2025年よりシャロンキリスト教会を見つつ、川尻キリスト教会で働く牧師として赴任する。

生真面目な性格は11年間、建築士の仕事をしていたことからもうかがえる。ただしジョークが大好きで、礼拝メッセージの中でもたびたび笑いを入れてくる砕けた部分もある。三児の父。

上田恵美子(うえだえみこ)伝道師

夫より若干年下、広島生まれの広島育ち。18歳から10年以上大阪で暮らし、2012年から熊本県に住んでいるため、広島と大阪と熊本の血が混じっている。

ただし18歳から10年以上大阪で暮らしているため、大阪の血も混じっている。家では主に広島弁であるが、外にはあまり出さない。

両親がクリスチャンであり、幼い頃から教会に通う。両親がろう者(聴覚障害者)であるため、生まれながらの手話通訳者であり、口話よりも手話の方が上手であるとは本人談。

その生まれ育った環境から、ろう者に対する愛情は人一倍強い。子どもも大好きであり、ユースにも関わる。

夫を支えつつ、川尻と八代の二つの教会をかけ持ち、子育て中の肝っ玉母ちゃん。

私が教会に来たキッカケ

A.B.さん(50代 男性)

私はこの町に40年以上住んでいます。

私の実家は、宗教的には仏教徒を名乗っているものの、お正月は神社へ初詣に行き、クリスマスは家でパーティーをし、祖父母のお墓は地方のお寺にあってお墓参りや法事に行く、といった日本ではごく一般的な家庭でした…続きを読む

C.D.さん(40代 女性)

今から25年前、私はカナダで初めてキリスト教会に行きました。語学学校に行ったのですが、そこで知り合った方から「現地の方と知り合いになれるので一緒に教会の日本語部に行ってみないか」と誘われたことがきっかけでした。

キリスト教には興味はなかったのですが、礼拝の中で日本人の婦人宣教師が、自分が派遣されるまでの経緯を話され、何の援助もない中で神様の導きを求めて祈り、派遣先との関係や費用など必要なこと全てが与えられたという話をされました。

私はその話を聞いて、キリスト教にはこんなふうに神を頼り、その神に祈りを叶えていただくという生き方をしている人がいるのかと驚かされました。そしてキリスト教の神とはどんな神なのか知ってみたいと思いました。

しかしこの教会に行くのに1時間半かかり、朝が弱い私には無理だろうと思いましたが、不思議なことに日曜日の朝になるとすぐに目覚めることができ、気づくと毎週欠かさず礼拝に行き、聖書の学びやお祈りの会にまで参加していました。

その中でキリスト教の神は愛のお方であり、また義なるお方であることを知りました。

カナダから帰国後、私は教えていただいた教会に行き、洗礼を受けました。それ以来、神様はいつも私と共にいてくださり、私を守り、助け、導いて下さっています。

E.F.さん(60代 男性)

30年ほど前のことになりますが、私は京都で仏教系の職場で仕事をしておりました。

クリスマスのシーズンだったのですが、街を歩いているとカトリックの教会があることに気づき、ちょうどミサの時間だったので興味を持ってミサに参加させていただきました。

というのも、普段は仏教関係の仕事をしていて、他の宗教にも興味があったからでした。そのカトリック教会のミサの荘厳な空気に触れ、キリスト教というものはいったいどんな宗教なのだろうかとますます興味が湧いてきました。

そののち職場が変わり引っ越したのですが、ミサの体験が忘れられず、家の近くのプロテスタント教会に通いだし、やがて信じるようになりました。

その後、仕事の都合で移り住んだ町で、ネットで調べて感じが良かったこちらの教会に通うようになりました。